ココロがコロコロと遠足に。
 

 

 
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9月27日の記念日に。
抱えきれないほど大きな花束のプレゼント!
ありがとう!!とっても嬉しい*^^*

シアワセだなあ。。
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先週水曜から、台風をどうにかこうにかかわして横浜を飛び出しました。

親友であり歌仲間でもある友人達に会いに広島と大阪へ☆

私が去年大阪を出てから、ご主人の転勤で広島へいったFちゃんと会うのは一年ぶり。
連絡はぼちぼちとっていたけど、でもやっぱり会った瞬間にうるうる。


安芸の宮島。高校の修学旅行ぶり。やはり美しい。。。



コンニチハー。宮島では鹿もお買物します?*^^*


懐かしい話をしながらめぐった宮島。またいつか。



Fちゃんの案内で巡る広島。
不思議な気分と、久々に会えて嬉しい高揚感で何だかフワフワ気分!
美味しいご飯とカラオケで夜は更けていったのでした。
Fちゃんとは歌の練習でよく一緒にカラオケに行ってた仲間なのだ^^



次の日は尾道に連れて行ってくれた。
島と海。斜面と階段の街。なんて美しいんでしょう。


尾道の商店街で。
海の目の前で語りながら飲んだチャイダーも懐かしくも新しい味がして美味しかった。


Fちゃんと尾道で「また会おうね!また電話するね!」うるうる。

しばしの別れを告げて大阪へ!


===

大阪では久々に会う面々に新大阪で集合~!わー!みんな元気そう。何だかホッとする。
Fちゃんともそうだけど、早速話が盛り上がってあっという間に時間が過ぎるのは、
私達のいつものパターンなのでした(笑)



次の日はNちゃん夫婦が曽爾高原(そにこうげん)に連れていってくれた。


う、美しすぎる。こんな場所があったのね。
ススキ野原が金色の絨毯のようでした。

夜には夜中まで語り合い。
笑い話から深い話まで。そんな感じもなんだか懐かしいわー!


不思議だね。広島に行ってしまった友達も大阪に居る友達も、懐かしいけど遠くない。
バイバイってするときは少しさびしい気もちになるけど、
絶対また会える安心感。
きっとこれからも、離れていても、ずっと友達なんだろうなと思える安心感。
そんな気持ちにさせてくれるのでした。

大阪で一緒に居たときにも、いつも身近なところで支えてくれていた大事な友人達。
本当に、会えて嬉しかったよ~。

ありがとうね。


===

あっという間の広島~大阪でした。
今回は台風の心配もあったし時間もタイトだったので事前に連絡できた人は限られてしまったけれど
懐かしい顔、場所、会えなかったけれど思い出した顔も、沢山。


懐かしい場所、またこれますように。


 

 

 

 

 


今回のボランティアで宿泊した宮古市の『浄土が浜』の夕方

「さながら極楽浄土のごとし」と名づけられたという。
美しい場所だとは聞いていたけれど、想像以上でした。

しかし宮古市も大きな津波被害のあった場所。
この浄土ヶ浜も今でこそ美しさを取り戻していますが、津波後は瓦礫で溢れ砂浜が陥没し、見る影もない状態だったのだそうです。

私達のボランティアバスの添乗員、今井さんは
あの日この場所で津波に出会ったのだそうです。
その時の体験、しかもその場所で、とても貴重なお話を伺うことが出来ました。

津波によって職場が流され、

色んな想いを乗り越えて、今はボランティアで添乗員さんを引き受けてくださっています。

いつも私達を勇気付けてくれる、導いてくれる、熱い想いを持ったリーダー。
出会えて良かった!そんな風に思える、本当に、ステキな方です!


---

現地に来るまでも、想像したり、情報として聞いてはいたけれど、、
見えない被害が思った以上に沢山あるんだなと思った。

例えば、前回のボランティアの際宿泊した花巻の宿は、
とっても立派なお宿でした。
内陸部なので、津波被害もなく建物も温泉も、営業するには無事でした。
しかし、あの震災の日から修学旅行などの団体なども含む殆どの予約がキャンセルとなり、
営業も危ぶまれ、従業員の殆どを解雇せざるを得なくなったのだそうです。

その後、少しずつ全国の県警やボランティアの宿泊などを受け入れ、やっと少しずつ立ち直って来たとのこと。
私達が宿泊した時も、廊下や食事場所で沢山の県警の方とすれ違いました。

内陸部でも、建物も人も無事だったから普通の生活が出来るという事ではなかったのです。
やはり被災されているんです。

今回宿泊した浄土ヶ浜パークホテルも、それこそロビーに入った瞬間から海と松林が見える美しいお宿。

少し高い場所にあるとはいえ、しかし海沿いのホテル。
やはり一部は被害を受け、またこの近隣は殆ど津波にのまれ、当時はこのロビーも避難してきた方でいっぱいになったのだそうです。

その後やっと八月に営業を再開し、私達もこの場所にくる事ができました。

どちらのお宿も、本当に美しくて立派で、とてもそんな事情を想像する事は出来ない。
でも、色んなかたちで被災されているんです。

きっと、そんな場所や状況が、沢山あるのだと思います。

色んな場所で、プレハブのコンビニや、トレーラーやトラックで営業しているお店やお弁当屋さんなんかも見かけました。

見えない被害が沢山ある。
本当に、まだまだ大変だと思います。

だけど、なんかいつも勇気づけられます。  

 

 

 

 
9月9日は陸前高田市での作業。
宿泊した宮古市浄土ヶ浜から陸前高田市のボランティアセンターへ向かいます。

9月9日現在の陸前高田市。


やはり今回も、もとは栄えた街であったことを重ね合わせることが出来ずに見入ってしまう。



高く積みあがった瓦礫の山。




あちこちに、先日の台風の大雨で地盤沈下した場所に水が溜まり
まるで湖のようになってしまっているところも。


***


この日ボランティアセンターで受けたご依頼は2件。
役20人ずつ、二班に分かれて別々の場所で作業することに。

私達の班は鉄工所へ。

津波に浸かって錆びてしまった金型や部品の錆び落とし作業。

この鉄工所の方にとっても本来のお仕事を進めるのに必要なものが錆びてしまっているのだ。




赤茶色に見える部分、というか全体に錆がまわっている。
これを金づちでガンガンと叩きヒビを入れ、鋼ブラシでガッシガッシと錆を削っていく。
ガンガン、ガシガシ、ガンガンガンガンガンガン、、、ガシガシ、ガンガンガンガン、、、、

これは、、、日常業務以外にこの作業は大変だと思った。

というのも、錆び具合は終着点が分らないほどで、とりあえず一人一枚与えられた
この金型というかプレート、一日がかりで片面の半分ぐらいしか出来なかったのだ。
うう、悔しい。

あと何日か、いや何時間かでもいい、せめてあと一時間だけでも延長できれば、、、、
ボランティアメンバーの殆どが、そう口にしたほど、大変に時間のかかる作業でした。

みんな、後ろ髪をひかれる想いで片付けの時間を迎えたのでした。。。

それでも私達は、その大変さのほんの一瞬を体験したに過ぎなくて、
あの津波被害から、日常に戻す、復旧するというのは、本当に大変なことなのだと
より強く思い知ったのでした。




工場からすぐそばに海と山が見える。なんて美しい景色なのだろうと思ってしまった。
でも本来は壁のあった場所。津波はこの工場の屋根ごと飲み込み、
壁や様々なものを流していったのだそうです。

鉄工所のおじちゃん達が、お昼休みに色んな話をしてくれました。

切ないお話もあったけれど、一緒に楽しく笑える時間もあった。
おじちゃん達の明るく優しい笑顔で、なんだか自分達が癒されてしまった。

最後は、バスが見えなくなるまで、ずっと大きく手を振って見送ってくれました(TT)



いつかまた、どんなカタチでかは分らないけど、
おじちゃん達に会いに来れたらいいな。いや、来よう!
昨日撒いた菜の花も咲いたら見に行こう!

今回も微力に思えたかもしれない、でも無力じゃない。
そんな風に現地添乗員&ボランティアリーダーの今井さんにも励まされながら。

そしてこれから私達が出来ることは、、、。

そんな色んな色んな想いを乗せてバスは帰路へと向かうのでした。




 

 

 

 

 
『菜の花プロジェクト』へ


午前の水路の泥だし作業のあとは大槌川へ向かい、
『菜の花プロジェクト』の種まきに参加させていただきました。



大槌町も大津波とそれによって発生した火災により、壊滅的被害を受けた場所です。
この大槌川の河川敷には津波と共に多くの瓦礫や家や車が遡って押し寄せたのだそうです。
今でこそ、だいぶ片付いていますが、
当時はこの河川敷も川の中も、押し寄せたそれらの瓦礫で埋め尽くされていたのだそうです。


その時のことやその後のことを、菜の花プロジェクトの発起人である金山さんが
お話してくださいました。
菜の花プロジェクト、もともとは金山さんが一人で始められたのだそうです。
そしてその活動に賛同した方々が全国から集まり「菜の花プロジェクト」となったのだそうです。


金山さんが、遠くを見ながら言いました。

「天国に行った仲間たちが、空からこの故郷の川を見たときに
 悲しい場所じゃなくて幸せな場所になっていたら、
 黄色い花でいっぱいになってたら、喜ぶんじゃないかって。」



種を蒔けるようになるまでに尽力してくださった皆さんがいる。
思いを持ち続けた方々がいる。
美しいこの川を、故郷を、愛する人たちがいる。
噛み締めながら種を撒きました。


今日まいた種。みんなが撒いた種。みんなの想い。

春には、この場所が黄色い幸せの花でいっぱいに埋め尽くされるのを想像しながら。



見えるでしょうか。対岸の土手に「全国にありがとう」と。



●菜の花プロジェクト応援ブログ http://s.ameblo.jp/ohtsuchi-nanohana/



翌日は1ヶ月半ぶりの陸前高田へ。つづく
 

 

 

 

 
9月7日からまたボラバスに乗って岩手県の三陸沿岸へ。
今回は岩手県釜石市大槌町と陸前高田市の復興支援に参加して来ました。

初日は釜石市へ。

9月8日現在の釜石市。

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学校の教室の時計。津波の時間で止まっています。


***

この日の作業は津波被害のあった地区の水路の草刈と泥出し作業。
半日で出来るところまで~というご依頼でした。

草刈り班と泥出し班に分かれて交代しながら進めていきます。

作業前の写真がないのですが、
始める前は溝の両側が私のあごぐらいまで伸びた草に覆われていました。
辛うじて見えた側溝は土砂屁泥で埋まっており、もっと浅い溝だと思っていました。


最初は少し湿った泥と石。しかし掘っても掘っても底は見えず、
ごろごろ石や重いブロックなどの巨大瓦礫に阻まれてなかなか進まない。
あっという間に汗だくに。

やっと30センチ位掘れた辺りから、今度は水分が多くドロドロかつ石のつまった
ねっとりと重たい泥状に。臭いもどんどん強くなっていきました。

まるで石入りの生のコンクリートでも掻き出しているようなそんな感覚。
だんだんとスコップを持つ手もなんだかしびれてきて、チカラが入らない~。
それでも少しでも進めたい。そんな想いでみんな黙々と掘りました。

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男女総勢40名。半日でここまで。両脇の草がなくなった!
溝の底も見えたよ!嬉しい!

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掘ってみたら、太ももぐらいまでの深さがありました。

もしこれを一人二人でやろうと思ったら、やっぱり大変なことだ。

ここだけじゃない、まだまだ大変な場所、手付かずな場所、
人手が必要な場所があるのだと思い知らされます。

きっと地図でみたら今日のこの場所も大きな場所のほんの一点でしかないだろう。

しかもあれでも完成じゃないのだもの。
盛り土になった屁泥や瓦礫を片付ける作業、刈った草を集める作業を
次のボランティアさんが引き継いでいくのです。

それでも他のボランティアさんがが今まで活動してくださった分、
これから活動していく分少しずつ積み重なって行くのだと信じて進みます!

 

 

 

 

 


先日、都内吉祥寺にて『被災地の写真洗浄』の活動をしている
『あらいぐま作戦』に参加してきました。

現在洗浄しているのは、岩手県の陸前高田市と宮城県の女川町の写真でした。
7月に訪れた陸前高田市の風景を思い出す、、、




津波で流され塩水に浸かってしまった写真達は、その影響と時間の経過、
気温上昇や湿度によっても、どんどん劣化が進んでおり
一刻も早く洗浄することが必要とされているのだそうです。

確かに、色が落ちてしまったり、殆ど見えなくなってしまっている写真も沢山。
はっきり残っているものも、少ししか残っていないものも、すべて丁寧に洗浄していきます。




すべて大切な思い出達。


一枚でも多くの思い出が、一人でも多くの方に戻っていけますように。


また、このような形で、都内で活動をカタチにしてくださっていることにも感銘を覚えました。
大きな団体ではなく、個人で始めてくださった活動なのです。
場所の確保はもちろん、色んなエネルギーが必要なことだと思いますから。

何かしたいけれど、現地にはなかなか行けない、どうしたらいいかわからない、
という方も現実には多いと思うのです。


その橋渡しをしてくださっている方がいます。
都内でも、できる支援があります。
何か思うところがあった方はぜひ!



●吉祥寺『あらいぐま作戦』http://risukai.blog90.fc2.com/

●御徒町『閖上写真洗浄ボランティア』@アートセンター3331 http://re-s.jp/news/6738


*主催してくださっている方は個人ですから、出来るだけお手間を掛けないように、
しっかりとHP(ブログ)の内容やQ&A等を読んで、アクションを起していただきたいと思います。


===

色んな支援のカタチ

・被災地でのボランティア活動
・被災地以外での活動や支援
・被災地や東北や近隣県への観光

・そこ↑で観たもの感じたものを伝える、風化させない


・義援金

・被災地や東北、北関東の商品を購入
・国内での消費活動
・引き続き節電
・原発のことも考えてみる

・ボランティアや支援募集の検索を掛けてみる
・チャリティイベントに参加してみる

・健康でいること
・他人とのふれあい、思いやり

・身近な人を大切にすること

・愛のある想像力


・・・他にもきっと色々あると思う。




私達が出来る支援が、たくさんあります。

必要とされている支援も、まだまだあります。




 

 

 

 

 

この9月1日でイルカんちは14周年を迎えました☆

年月が経つのはあっという間ですね!

今までの年月もひとつのエネルギー。
皆様とのご縁や学びがキラキラした結晶のようで、なんだか愛おしいです。


イルカんちは『人を癒してあげたい』っていう想いよりもやはり、

『あなたの中にすべてがあります』

誰しもがちゃんとご自分の中に癒しのチカラ、答えを持っている。
今も未来も、あなたの世界観はあなた自身が創造していける。
だからこそ、あなたという素晴らしい存在や魅力に向き合い気付いていただけたら。


そんな想いはスタート時も14年経った今も変わりません。


***


逆に、環境とかに関しては我ながら笑えるぐらい変わってきました^^

大阪市の塚本→豊中市の桃山台→千里中央1→千里中央2→横浜(現在)

私自身も色んな変化がありました ^^
いつでも『必要だからこその今がある』と思っている辺りは根本には変わってないけれど。


久々に『光のしずく』読み返してみました。

●ヒーラーの『ポジション』 ’01.2.20
●私達は、ある秩序をもって集合している自由なエネルギー ’00.5.10

この辺りはイルカんち3~4年目くらい、
つまり10年前くらいに自分のスタンスを書いているわけですが

今自分で読んでも何の違和感もなく今も自分の原点として変わりがありません^^
他の記事もね。


また、いつでも皆さんとのご縁が私を成長させてきてくれました。
大阪時代もそうでしたが、横浜に来てからも本当に沢山の方が
セッションを共にしてくださいました。

お近くになった方も、関西や更に遠方からお越しいただいた方も、
またご紹介も沢山いただいたり、お便りくださったり、
本当にありがとうございますね。

皆様とふれあう度に、人間の奥の深さや魅力や個性を感じて幸せな気持ちになります。
そして私もご縁と共に沢山学ばせていただいています。
本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。



変わったこと、変わっていないこと。色々。

これからも、また私らしく進んでいきます^^
さあ、15年目のスタートです!



14年分の愛と感謝の気持ちを込めて!




 

 

 

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☆ぜひ行ってみてください☆ 情報も一杯。私達が知らない事が沢山あります。そして私達にも出来る支援があります *^^*

*とよ*

Author:*とよ*
イルカんちの豊崎優子です。

見に来てくださってありがとうございますね*^^*

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