ココロがコロコロと遠足に。
 

 

 
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久々にIKEA港北へ車でGO!

色々目移り目移り~ ^^;
買うつもりはなくても、見ているだけでも楽しいね!
なんだか感覚が刺激されるわ~。ワクワクしてしまう。

今日は赤いクッションとCDボックスと、シナモンロールを買ってきました^^



先日の東北ボランティアで知り合ったスウェーデン在住(日本人)の仲間が、
本場IKEAで焼きたてのシナモンロールを食べて、あまりの美味しさに感動して
今では自分で作って食べていると聞いて、
それは私も食べてみなくちゃ!ってことで^^

食材コーナーのものは、やはり人気らしく売れ切れたとのことで(残念~)
ソフトクリームとかのイートインのところで購入し持ち帰ってきました。


うん!

美味しい!!ちょっと温めてからいただくと更に美味しい!
私もこれ好きです☆

美味しいものに出会うと幸せな気持ちになるねえ。

CDボックスも、置きたかった棚にサイズがバッチリだった!
すっきり片付いて、これも嬉しい!





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鎌仲ひとみ監督作品 長編ドキュメンタリー
ミツバチの羽音と地球の回転』観てきました。

沢山の方に観て頂きたいドキュメンタリーだと思いました。
特に今、日本人には必要な「希望や可能性」について考えることが出来ます。

一番衝撃だったのは、日本は、ぜんっぜんエネルギー先進国ではない!という事実。

スウェーデンの積極的に自然エネルギーを取り入れる姿勢とアイデアには感動すら覚えた。
脱原発も、もう国民投票で決定している。
そうなればイイなぁ、じゃなくて、それで生活が出来るように既に進んでいる。

私はスウェーデンのストックホルムに一度行った事があるのですが、
都市部は東京もびっくりのなかなかのハイテクです。
しかし、だからといって
「脱原発=便利やハイテクと引き換え」ではない。
文化も自然界と共存しエネルギーを生み出す努力をしているのだ。

その実践は日本の20年先を行っているそうだ。
いやあ、日本は遅れてる遅れてる、、、びっくりした。

***

でも日本にもエネルギー技術は沢山あるのです。
また風土を生かした智恵も沢山持っている民族だと誇りに思います。


しかし、問題なのは、それを国内で活かせられないこと。
てか、活かせない政治的?仕組みになっちゃってるというか。

例えば原発やめたらエネルギーが衰退し不便な暮らしが待っているのでは?
と想像して不安になってしまう、という方にも観るのをオススメしたい理由もそこにあります。

それに頼らずしてもエネルギーを生み出す技術や智恵は沢山ある。
現に小さなコミュニティーや企業や個人ではバイオ燃料や循環システムだって
もう何十年も前から作り出されていたりするわけで。

(以前アイスランドに行った際、地熱発電が日本の技術だと知って驚いた。
ちなみにアイスランドは原発は無く水力や地熱など、ほぼ100%近く自然エネルギーの国です。)


ただ、今の日本では智恵も技術もあるけれど、
それらを自由に選んだり流通させたり、活用させられない状態になっているワケで。。。

事実その状態が長かった日本。
だから、そこの自由化やその整備には確かに時間がかかるだろうとは思う。

しかし、ひとたび許されれば、
様々な選択肢が可能であることを改めて感じることが出来るのではないかと思う。


***


今私達はある意味「選んでいく時」が来ているのだと思います。

こんな書き方をすると気が重いかもしれない。
でも、そこで盲目にならずに、狭い世界のなかで限界を決めずに、
様々な可能性や希望を目の当たりにして、

色んな選択肢があることを知った上で、選んでいって欲しいと思うのです。


私はこのドキュメンタリーを観て、
人間が太古の昔から自然と共に暮らすことで身につけてきた智恵や技術も畏敬の念も、
現代だからこその智恵も技術もテクノロジーも、

どちらも、感謝や敬いと共にあるのであれば、
未来に向けてこんな可能性があるんだ!って、希望を感じたのです。



大切なものを守り続けてくださっている『祝島』の方々にも
沢山の豊かさと勇気をいただいたのです。



===

『ミツバチの羽音と地球の回転』
 公式HP http://888earth.net/index.html
 自主上映スケジュール http://888earth.net/trailer.html


 

 

 

 

 


ドクターフィッシュ」今年の夏は、こんな初体験も!

ヒトの古い角質を食べる習性があり、歯が無いため肌を傷つける事なくアトピー性皮膚炎・乾癬など皮膚病に治療効果があるそうで、ドイツやトルコでは治療が保険適用の医療行為として認められているんだって!
お魚さんもスゴイけど、そういうのをちゃんと認めていく国の姿勢も素晴らしいわ!

最初はひえ~~~~!って思ったけど、軽くこしょばいような、
超音波の中に足を入れてるみたいな、そんな感じでしたわ^^



***

ある日は
被災地ボランティアで同じ部屋だった仲間4人で、東京丸の内でランチ。
会うのはこれで2回目。

しかし不思議なもんで、同部屋になった最初の晩からすぐに仲良くなって
今回もランチで真面目な話から女子トークまで、とにかく大盛り上がり。

まるで昔からの友人みたいだ、、、なんて思っていたら、
ランチ解散後に届いた仲間からのメールにも同じことが書かれていたのでした*^^*
嬉しいね。


***


そして先日、関西の番組「ちちんぷいぷい」の角淳一(すみじゅんいち)さんが
9月で卒業と聞いてなんだかじーん。としてしまった。

というのも、大阪のローカル番組で一番最初に顔と名前を覚えたのが角さんだし、
わたしはこの「ちちんぷいぷい」という番組が大好きだったのだ。

番組や出演者さんの、あのほのぼのゆる~い感じも、面白おかしい感じも、
かと思えば号泣するほど感動させられたり、真面目な部分も、とにかく大好きだった。

これからも「ちちんぷいぷい」は続いていくし、関東でも見れたらいいのに~!
って、未だに思う(笑)

あとを継いでいく西君も、陰ながら応援してます☆



***


そして今日、No1に暑い日だった!!
ここ何日か、毎日のように一番暑い日を更新してきたが、今日も猛暑更新。

結構風は吹いているのに、その風が熱風!
なんと38℃を越えたところもあったそうで^^;

明日から少しマシになるそうですが。。。

引き続き体調管理もしつつ、8月ならではの気候も楽しんでいきたいですね!!



 

 

 

 

 
お盆の朝に。今朝方の夢はちょっと書き残したい夢。
自分の夢じゃないんだけど(後半に説明入れています)、私が見た夢。

ひとつは、久しぶりに母が登場。さすがお盆!

母と白い空間で、何やら楽しく話をしたけれど、詳しくは覚えてない。
でも最後はなんだかどこかへ続く枝分かれの道への準備を段取りしてくれていた。

なんだか若々しい姿だったし、穏やかで、元気そうで嬉しかった*^^*

***

そして、書かなければ、と思ったもうひとつ。


私は『知らない人たち』の夢というのもよく観るのですが
今日も、母との交流の後、
別の夢として、吸い込まれるように別の空間へ。

気付くと、知らない人たちと一緒に居ました。
というか、自分の知らない登場人物が出てくる場合の多くは、
私はそこに「私」としていることはあまりなく、
空間に空気のように居たり、出てくるどなたかの目線で居たり、
どちらにしても、なかなかリアルな生活やココロ模様などを淡々と見させられます。

***

そこは全く知らない家族の法要の受付をかねたお部屋の入り口のところです。
法要に参加する喪服女性と、もう一人の普通服の女性が沿うように並んでいました。
お二人ともとても親しい間だと感じました。

しかし次の瞬間、普通服の女性の過去の記憶がフラッシュバックのように見えました。
記憶の中で、路線バスの中、その女性がなにやら凄く怒って、喪服女性(その当時は私服)に
強く言い返しているのが見えました。

!??

次の瞬間、「空気のわたし」は知りました。
『普通服の女性』はもうお亡くなりになった方だったのでした。

亡くなる前、喪服女性とケンカしてしまったことを、とても悔やんでおられるようでした。
本当はとても大切に思っていて、でもそれを伝えられないままお亡くなりになったようです。

生きている喪服女性もそれをとても気にかけ悔やんでいるようでした。


『本当は大切に思っているのに。あんなふうになってしまってごめんなさい。
そしてどうか悔やまないで欲しい。私は大丈夫。
今もこれからもずっと、大切に思っています。見守っています。』


そんな思いを伝えたくて、生きている女性のそばを見守るように居たのでした。
なんだか、亡くなった女性の大きな愛のような、温かい穏やかな気持ちが伝わってくるようでした。

お二人が法要のお部屋に入る頃には、生きている女性にも何か伝わったのか、、
とても穏やかそうにお二人が寄り添っておられました。というか、そんな風に見えました。

法要は、その寄り添っていた普通服の女性ご自身の法要だったのでした。


***


目覚めてから、忘れないうちにこれを書かなきゃ、と思いました。
知らない方々の夢を見ても、いつもはあまり書こうと思わないのですが
なぜか、書き残そうと思いました。

これがいつ誰の、とか、どこの、とか、本当か?とかそういうことじゃなく。
私はお亡くなりになった方の「大きな愛のような穏やかなエネルギー」が
一番印象に残っているのです。



沢山の祈りと共に
さまざまな思いが詰まった今年のお盆。
空に向かってあらためて祈りました。


母にも会えて嬉しかった!本当に、ありがとう~。
 

 

 

 

 
1008792_01.jpg

コクリコ坂から』観てきました。

1963年(昭和38年)5月の横浜が舞台。ちょうど東京オリンピックの前の年だそうです。
高度成長期のその時代に高校生だった世代のお話。

私はまだ生まれていない時代だけど、そう遠くもないような昔の時代。
この時代だからこその生活背景やセリフなどの描写がとても魅力的でした。

白黒のテレビ、手動の洗濯機やマッチで火をつけるガスコンロ、
お買い物にいくにも、レジ袋なんてものは無くて、カゴを持っていく。

私がうんと小さかったころ、我が家も白黒テレビだったっけ!
チャンネルは「変える」じゃなくて「まわす」といってた。ガチャガチャッてね^^
そしてお台所にはいつも楕円形の買い物カゴがあったな~なんて思い出した。

今と比べると不便にみえるモノやコトは、ある種豊かさにも見えたりしますね。

カルチェラタンも、中に入って隅々までみてみたい!


そして何より、ちょうど私の母もこの頃高校生位だったわけで。
そう思うと、もっともっとこの時代のこの世界を見てみたいと思ってしまった。
地方や都市によっても、より差がありそうな時代だけれど、

母は、どんな青春を送っていたのだろう。

もう直接聞くことは出来ないけど、この映画を観れて、
ちょっとだけその頃の日本の一部を垣間見た気がして嬉しかった。



 

 

 

 

 
8月6日広島
8月9日長崎

原爆投下から66年。

今改めて意識を向ける。色んな思いが湧いてくる。
今までとは比べ物にならないほど。
去年までの自分の感覚も、もちろん思うところはあったけれど、今の感覚からすると
そこまで目を向けていなかったな、って今更だけれど申し訳なく思うくらいだ。

原子力。

そもそも、人間という存在が全ての頂点ではないわけで、

人間が意図的に核物質の分裂と連鎖反応を一度発動させてしまうと
残念なことに、人間の手でその連鎖を止めることは出来ない。
冷やして暴走しないように見張ることはできても、それすら完全ではない。

しかし意図的に「利用することをやめられる」のも、人間しかいない。
電力としても、兵器としても。



1945年。決して過去のことではないのだとあらためて思い知らされる。
ヒロシマ、ナガサキで起きた事実から、まだまだ学ぶことがある。

原子力の利用によって悲しい歴史を刻んだことも、恩恵を受けてきたのも本当。
そして私達は、今また直面している事実から学ぶことがいっぱいあるのだと思う。

===

これは私個人の意思表示。

私は、少しずつでも、原発から抜け出せる未来を想像したい。


今すぐやめても使用済み核燃棒が安全な温度に下がるまでに100年。
さらに放射性物質の危険がなくなるまで10万年!!もかかるという事実。

それら使用済み核坊燃棒が2020年までには約4万本になると言われている。

それは同時に、それら危険なものを今の子供達や孫やひ孫~10万年も先まで、
未来の子供達やあらゆる生命や自然界に背負わせるという事実でもある。

そんなに危険で重たいものを託さなければいけないなんて、、、、
そして出来るならば、これ以上重たい荷物を増やさないであげたい。

もちろん、そう簡単じゃないのかもしれない。
でも!!

ひとつの声として、意思表示しておきたかった。今の気持ち。
冷静に柔軟では居たいけれど。

愛する家族や大切な人たちも同じ大地の上に、同じ空の下にいる。

いまだ原爆の被害に苦しむ方々も、福島の方々も、その近隣県も、
日本も、世界も、これからの命の全てが安心して暮らせるように。
そう願わずにはいられないのです。



そしてもうひとつ、全ては悲観的にではなく、前を向いて、芯の部分は明るい気持ちで!
今の積み重ねが未来を創るのだから。



今日も、空も緑も美しいよ!


 

 

 

 

 
今回瓦礫の撤去などを手伝わせていただいた場所を所有していらっしゃる
おじいちゃんとおばあちゃんが、とにかく私達に気を使ってくださった。


何度も何度もありがとうございます、ありがとうございますね、と頭を下げられ、
なんとも複雑な気持ちになりました。

大変なのは、おじいちゃんとおばあちゃん達なのに。



また、色んなことをお話してくださった。

白砂のとても美しい海であったこと。
夏には海水浴場となって地元の子供達もよく遊んでいたこと。


津波のことも、、

当時はなんとか高台に逃げて
津波がやってくるとき、すごいスピードで車が何台も山のほうに逃げるのが見えた。
でもそれは既に水に追いつかれた車が山に押し流されていたのだと、、


最後の日におじいちゃんおばあちゃんが、ありがとうございますと、
何度も何度も頭を下げながら言った言葉が胸に残っています。


「私達はもう年寄りだからいいけれど、
でも、これからの子供達や、孫達や、ひ孫達は、、、。」

「どうかこれからの子供達や、孫やひ孫達の代まで、チカラになってやってください。
助けてやってくだい。どうかどうか、よろしくお願いします。」


と、何度も何度も頭をさげながら。
計り知れない思いが詰まったおばあちゃんの言葉。
何度思い出しても涙が出そうになる。



私はこの言葉を、忘れることはないでしょう。




 

 

 

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*とよ*

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イルカんちの豊崎優子です。

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