ココロがコロコロと遠足に。
 

 

 
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東京タワーからの眺め




あっという間に3月になっちゃいましたね!
すっかりご無沙汰してしまいましたが相変わらず元気です(*^^*)

今年は早々からイベント盛りだくさんで充実したスタートです。

嬉しい報告もあったり
それと同時に大切な友人達が病と戦ったりと色々なことを考えさせられることもありました。

今までも人生の中で何度かあったけれど、毎回思う。

私がしてあげられることは何だろう。
私が出来ることは何だろう。
今どうしているだろう。
疲れていないかな。悩んでいないかな。
泣いていないかな。笑っているかな。
そして、信じてる。

日常を楽しみつつもふと思う瞬間が沢山ある。
そしてそのふと思ってしまう友に出会えたことは私の宝です。

大切な友人達の笑顔を思い出すと嬉しくなる。

そんな揺るぎないものを大切にしていきたいです。


移り変わる季節みたいに、人生も悲喜こもごも。
雨や風雪のあと、優しい光を浴びて花が咲くことを信じています。

もうすぐ春ですね!
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今日お誕生日とか記念日とかお祝いとか家族団欒とか、色々、、
嬉しい時間、今日しかない大切な時間を過ごす方もいらっしゃると思います。

今日はなんだか切ない日という雰囲気もあるけど、
でも今日という日も、毎日と同じくとても大切な一日。

ステキで幸せな時間を過ごしてほしいです。


今日も明日も明後日も、ずっとずっと大切な日。



沢山の祈りとともに。  

 

 

 

 

会いたかった人に久しぶりに会えました。

それぞれに時間は流れていて、
それぞれに色んな変化もあって。

それでも変わらない優しい空気感や言葉で現せない感覚でもって、思わずココロがほぐれたり、キラキラ眩しく感じたり。

少しだけ不思議な場所で出会った仲間達とのやりとりや、
あの日一緒に歩いた海への道や、
その先にあった神々しいほどの空の下で見たあの大きな海も

さーっと扉が開くみたいに蘇りました。
それはそれは大切な時間でした。

大きな世界の海と小さな人間が波打ち際で繊細に接点を持っているみたいに、

あの日も今も、きっとこれからも、どこか深いところで繋がっていると感じられる人が同じ空の下に居てくれることは、とてもシアワセなことだと改めて感じるのでした。


この可愛いお花の宇宙の下で流れる
あの日の波の音も空の色も、
今日の空を眺める私や、今嬉しくてお花を見つめる私とも、
繋がっているみたいに。

うまくいえないけど、そんな気持ち。  

 

 

 

 
お盆の朝に。今朝方の夢はちょっと書き残したい夢。
自分の夢じゃないんだけど(後半に説明入れています)、私が見た夢。

ひとつは、久しぶりに母が登場。さすがお盆!

母と白い空間で、何やら楽しく話をしたけれど、詳しくは覚えてない。
でも最後はなんだかどこかへ続く枝分かれの道への準備を段取りしてくれていた。

なんだか若々しい姿だったし、穏やかで、元気そうで嬉しかった*^^*

***

そして、書かなければ、と思ったもうひとつ。


私は『知らない人たち』の夢というのもよく観るのですが
今日も、母との交流の後、
別の夢として、吸い込まれるように別の空間へ。

気付くと、知らない人たちと一緒に居ました。
というか、自分の知らない登場人物が出てくる場合の多くは、
私はそこに「私」としていることはあまりなく、
空間に空気のように居たり、出てくるどなたかの目線で居たり、
どちらにしても、なかなかリアルな生活やココロ模様などを淡々と見させられます。

***

そこは全く知らない家族の法要の受付をかねたお部屋の入り口のところです。
法要に参加する喪服女性と、もう一人の普通服の女性が沿うように並んでいました。
お二人ともとても親しい間だと感じました。

しかし次の瞬間、普通服の女性の過去の記憶がフラッシュバックのように見えました。
記憶の中で、路線バスの中、その女性がなにやら凄く怒って、喪服女性(その当時は私服)に
強く言い返しているのが見えました。

!??

次の瞬間、「空気のわたし」は知りました。
『普通服の女性』はもうお亡くなりになった方だったのでした。

亡くなる前、喪服女性とケンカしてしまったことを、とても悔やんでおられるようでした。
本当はとても大切に思っていて、でもそれを伝えられないままお亡くなりになったようです。

生きている喪服女性もそれをとても気にかけ悔やんでいるようでした。


『本当は大切に思っているのに。あんなふうになってしまってごめんなさい。
そしてどうか悔やまないで欲しい。私は大丈夫。
今もこれからもずっと、大切に思っています。見守っています。』


そんな思いを伝えたくて、生きている女性のそばを見守るように居たのでした。
なんだか、亡くなった女性の大きな愛のような、温かい穏やかな気持ちが伝わってくるようでした。

お二人が法要のお部屋に入る頃には、生きている女性にも何か伝わったのか、、
とても穏やかそうにお二人が寄り添っておられました。というか、そんな風に見えました。

法要は、その寄り添っていた普通服の女性ご自身の法要だったのでした。


***


目覚めてから、忘れないうちにこれを書かなきゃ、と思いました。
知らない方々の夢を見ても、いつもはあまり書こうと思わないのですが
なぜか、書き残そうと思いました。

これがいつ誰の、とか、どこの、とか、本当か?とかそういうことじゃなく。
私はお亡くなりになった方の「大きな愛のような穏やかなエネルギー」が
一番印象に残っているのです。



沢山の祈りと共に
さまざまな思いが詰まった今年のお盆。
空に向かってあらためて祈りました。


母にも会えて嬉しかった!本当に、ありがとう~。
 

 

 

 

 
8月6日広島
8月9日長崎

原爆投下から66年。

今改めて意識を向ける。色んな思いが湧いてくる。
今までとは比べ物にならないほど。
去年までの自分の感覚も、もちろん思うところはあったけれど、今の感覚からすると
そこまで目を向けていなかったな、って今更だけれど申し訳なく思うくらいだ。

原子力。

そもそも、人間という存在が全ての頂点ではないわけで、

人間が意図的に核物質の分裂と連鎖反応を一度発動させてしまうと
残念なことに、人間の手でその連鎖を止めることは出来ない。
冷やして暴走しないように見張ることはできても、それすら完全ではない。

しかし意図的に「利用することをやめられる」のも、人間しかいない。
電力としても、兵器としても。



1945年。決して過去のことではないのだとあらためて思い知らされる。
ヒロシマ、ナガサキで起きた事実から、まだまだ学ぶことがある。

原子力の利用によって悲しい歴史を刻んだことも、恩恵を受けてきたのも本当。
そして私達は、今また直面している事実から学ぶことがいっぱいあるのだと思う。

===

これは私個人の意思表示。

私は、少しずつでも、原発から抜け出せる未来を想像したい。


今すぐやめても使用済み核燃棒が安全な温度に下がるまでに100年。
さらに放射性物質の危険がなくなるまで10万年!!もかかるという事実。

それら使用済み核坊燃棒が2020年までには約4万本になると言われている。

それは同時に、それら危険なものを今の子供達や孫やひ孫~10万年も先まで、
未来の子供達やあらゆる生命や自然界に背負わせるという事実でもある。

そんなに危険で重たいものを託さなければいけないなんて、、、、
そして出来るならば、これ以上重たい荷物を増やさないであげたい。

もちろん、そう簡単じゃないのかもしれない。
でも!!

ひとつの声として、意思表示しておきたかった。今の気持ち。
冷静に柔軟では居たいけれど。

愛する家族や大切な人たちも同じ大地の上に、同じ空の下にいる。

いまだ原爆の被害に苦しむ方々も、福島の方々も、その近隣県も、
日本も、世界も、これからの命の全てが安心して暮らせるように。
そう願わずにはいられないのです。



そしてもうひとつ、全ては悲観的にではなく、前を向いて、芯の部分は明るい気持ちで!
今の積み重ねが未来を創るのだから。



今日も、空も緑も美しいよ!


 

 

 

 

 


金柑の花がいっぱい咲いたー(*^^*)
やっぱりいい香り~。

何かに似ていると思ったら、アロマオイルの『ネロリ』に似てる!
そういえば『ネロリ』も橙(だいだい)の花の精油だものね。

この系統の香りはとっても好き(*^^*)

そう言えば、だい~ぶ昔に少しアロマを学んだ時に
一番最初に「これはなんていい香り!」と思った香りがネロリだった。

***

その頃はまだ20代前半。
東京のセミナー会社で雇われていて、
ヒーラー講師&運営としてヒーリングセミナーを立ち上げから任されていたのでした。

毎月毎月、週末は東京~大阪~福岡とあちこちヒーリングセミナー開催で飛び回りつつ、

平日はセミナーの会場探し(ネットが無い時代だったので電話帳のアポ有りアポなし半々で
飛び込みも。東京から大阪に日帰りで会場探しに行ったこともあった。)

まあ当時は「癒しだのヒーリングだの」という言葉は広まっておらず
「怪しいセミナー?」^^;と思われがちだったので、
会場担当者さんに説明というよりほぼ説得ばりに熱い思いを伝えたりも(笑)

熱心に話を聴いてくださる方もいれば、担当者さんは興味を持ってくれているが
上司のかたがNOだったり、もちろん「怪しい~」とさっさと断られたり。
色んな反応があって、手ごたえを感じたりシュンとしたり。

でも自分の熱意は変わらなかったから出来たんだろうね。
それにそのおかげでものすごく度胸がついたように思う^^

てか、あの時代に快くor心配しつつも熱意に負けて?^^;貸してくださった会場さんは
いろんな意味でスゴイな!と思う。


デスクワークでは各種手配からチラシ案内作り、月に100人を余裕で超える参加者全員分の
テキスト教材作りで指先つるつるで指紋が無くなったり^^;
セミナー参加者さんの受付業務や名簿管理や電話での質疑応答やフォローやカウンセリング、、等々
書ききれないけどヒーラー的お仕事から裏方の実務雑用、営業まで、とにかく何でもやっていた頃。


毎度終電ギリギリ午前様帰宅は当たり前の、とにかく大忙しの日々だったけれど、
オフの日にはまだその当時は珍しかったアロマや面白いと思う技術などにも興味を持ったり、
ダイビングやスキーに行ったり、飲めないのに飲み会も楽しかったし(笑)
遊びも仕事もバリバリ?だったのでした。

とにかくタフだったなー、と我ながら思う(今は断然ノンビリが好きです。遠い目。。。)

***

正直ワーカホリックだった、とも思う。
しかしその仕事でハードながら何でも一人で、しかも一からやらせていただいたお陰で

何千人もの方々との出会いもあり。

思いっきり感動もさせていただいて、
思いっきり失敗してへなちょこに泣いたり反省するコトや凹むコトもい~っぱいあった。
でもそこから学ばせていただいたり、より良い結果や改善につながったり、
また自分の未熟さにも気付けたりした。

また、自分の中で癒しのお仕事に関わらせていただく上で
コレだけは大切にしたい『想い』みたいなものにも気づくことができた。

そんな苦しかったり嬉しかったり、感動したり、例えば時には、
転んで擦りむいて血流しつつ何事も無かったように笑って走らなきゃいけないような(笑)
そんなハードな経験、その全てが

私の貴重な経験値となり
その後の大阪での独立に活かされたのだなー、って、改めて思う。


まあその頃はまだ自分が
その後大阪でヒーリングルームを開くなんて、思ってもいなかったわけですが。

***

うふふ。
もう、15年以上も前の話です。敢えて書き出してみるとなかなか面白いね^^
すべてがイイ思い出です。

ネロリの香りに導かれてそんな懐かしいことを思い出したのでした。




 

 

 

 

 
i


「明日 世界の終わりがきても、今日私は オレンジの木を植えよう」



イスラエルの言葉だそうです。




選挙投票のあと、山崎公園へ。

大きくまあるい広場をぐるーっと360度、薄桃色の桜が縁取るように見事に咲いている。

子供達が沢山、家族が沢山、人が沢山集まって、
満開の笑顔が沢山咲いていた。

子供達が夢中で遊ぶ声、笑い声。
なんだか、じーん。

この世界には、素敵なものが沢山沢山ある。

そんな風に思った。




山崎公園から続く緑道「くさぶえのみち」を歩く。

一際目を引く真っ白な桜の花。沢山の人が立ち止まって見上げていく。



真っ白な花びらに、胸の奥が反応する。
ぴんと張った水面にしずくが落ちるみたいに。



また朝が来るから、日が暮れていきます。



昨日の美しさ、今日の美しさ、明日は明日の美しさがきっとある。



今日も、今日という毎日を生きる。

今日は、昨日という日の未来。


今日は、明日という未来をつくっていく。




 

 

 

 

 
今世界中で起きている色々な出来事。

胸が苦しくなったり悲しくなったりハラハラしたりもする。


直接は何も出来ないけれど、
でもだからこそ、身近な人やものを大切にしよう。そう思う。

何も出来ないけれど、

例えば地球がひとつの肉体のようなものだったら。

例えばの話。
肝臓とか膵臓でも他の器官でもいいのだけれど、そこで何かがおきてる。
身体全体からしたら人ごとじゃ無い。

でも普段どおりの他の臓器たちは直接異常のある肝臓に触れたりケアしたり出来ない。

だけど、他の臓器や器官や肉体全体が普段どおりの役割を、
出来る限り慌てずに乱れずにいつも通り行うことは、とても大切なことのように思う。
いつも通り機能し生き続けるのが愛なのだ。

手は、ココロの使者だ。臓器がどこにあれ、実は直接は触れることが出来ない。
でももしかしたら、その手を使って直接何か出来るお役目の人もいるかもしれない。
あるときはそれが自分かもしれない。でもあるときは自分じゃないかもしれない。
それが出来る時、できない時もあるかもしれない。

それでも、辛くなっている場所を皮膚の上からでも撫でてみようと思う。温めてみようと思う。
皮膚やその下のさまざまな血や肉となるものがそれらを伝達してくれるかもしれない。
でももしかすると、それすらできない時もあるかもしれない。



そんな時、ココロだけは、自由に風のように時間や空間をも越えてどこにでも飛んでいける。
入り口は想像力だ。

直接はなにも出来ないんだけど、ココロの手や想像力で
その場所に意識を向けるしか出来ないんだけど、
それしか出来ないことを大事に生きていこう。



地球がもし一体の肉体なら、
一箇所が炎症を起こしたり傷ついたり冷えたりしてしまったのなら、
残りの肉体はその部分が回復するまで、ちゃんと健やかに、温かいエネルギーに満ちていることも、
大切なのだと思う。

頭を優しくなでられて、腕や肩や、足のチカラもほっと抜けるみたいに。
すぐ隣のひとを慈しんだり、気持ちを汲む努力をしたり、抱きしめたり、ココロを温めることは
皮膚続きの遠くの世界にもなにかしら影響するのかもしれない。

ひとつの肉体が、ひとつの地球が、幾つかの部分は普段どおりじゃないかもしれないときも
その痛みを想像しながら心配しながら、決して目をそらさずに、
でもそれでも、それ以外の部分が強く健やかに生きてこそ、全体として生きれるんじゃないだろうか。


遠くの人を笑顔にしたいと思ったら、
自分自身も笑顔でいて、身近な人とも笑顔でいられるようになることからなのだと思う。



祈りつつ。


 

 

 

 

 
先般、友人から自立について聞かれた。
「精神的に自立していたら独りでいられるということは、人と一緒に居たいという人は自立していないのかな?」と。


わたしはこう思うのです。精神的に自立していたら、

『独りで居ても誰かと居ても、どんな状況でも大丈夫』なのだと思う。


まあ、先に答えだしちゃったけど、
自立していたら、あまり精神的依存が少ないわけなので、確かに独りでも快適だと思います。
そして、自立していたら、二人で居ても三人で居ても大勢で居ても、ちゃんと自分で居られるので、
それも大丈夫なのだと思う。


***

例えば、
現状独りで居ても、自立というよりは、家族関係や人間関係の煩わしさから自分を引き離すことを
選んで独りでいる人も居るかもしれないし。
つまり感情が動いたり、人に振り回されたりすることが怖くて、
人と暮らしたり密な関係を築くことから離れている状況だってある。
人や家族と居ると、自分が自分で居られずに揺れてしまったり、
あるいは相手に「こうであってほしい」と期待するあまり、相手の言動にいちいちイライラしてしまったり。

そんな状況で独りでいるという場合、ある意味まだ自立しきれていない部分もあるということに
なるのかもしれない。

だけど、ある観点から見れば、
「今の環境も辛いけどこの環境から抜け出すのも怖い。だからココロに蓋をして自分をだましながら
その環境の中に居ることを続けている」というような、嫌だけど抜け出すのも怖いというような状態からは
抜け出しているわけで、

「文句言いながら暮らすより、傷つけあうより、苦労しても孤独でもそこから抜け出して独りでいる」という
ことも、抜け出さないよりは一歩自立に踏み出しているということになるわけで。


逆に、パートナーや家族や沢山の人に囲まれて暮らしたり活動している人でも、
完全に共依存に陥って自立できずにいる場合もあれば、

同じような環境でもそれぞれがちゃんと自分を持ち、過剰な依存をすることもなく、
周りを思いやったり、ちょうど良い距離感を尊重しあえたり
感情の動きや失敗や困難があっても向き合おうとしたり、
理解する努力や伝える努力をしているのであれば
それはちゃんと自立なのだと思うし。


だから独りで暮らそうと誰かと暮らそうと、
自立している人は自分と向き合う努力が出来ているわけで、
その時々によって自分に必要だと思ったり、ステキ、ワクワクする☆
というような状況を、どちらからでも選べるのだと思います^^


***


ある言葉。これはまさしく!と思った言葉です。



~人里離れてもしくは異郷の地で修行を積んだ人が『私は悟った。』と感じたなら、里に帰ってみると良い~



誰からも干渉されない場所もしくは異境地に居て「悟った」と感じても、その後
自分を知る家族や古い友人や、人間関係をと久しぶりに交流を持った時、煩わしく
心が揺れるのかも知れないということ。
里に帰った後、それも事実自分なのだと向き合い受け入れられるならば、それもステキなことだと思う。

しかし逆にせっかく悟ったと思っていたワケなので、そのココロの揺れを受け入れたくない、
悟られたくないがために自分を必要以上に高尚に見せたり、
里でずっと人に囲まれながら暮らしていた人よりも
自分のが修行して人間が立派で上だと思いたいというのなら、それで悟ったとはおかしな話で。


日常を離れて修行を積み努力することで、得られることはきっと沢山沢山あると思う。
でも、特別な修行経験が無くたって、悟りなんてものに興味が無くたって、
涙を流したり失敗したり間違ったり、心が揺れたりしながらも、
前向きに解決しようとしたり反省したりそこから色んなことを学ぼうとしたり、
一生懸命向き合い自分を高めようと努力したり、楽しみを見つけようとがんばったり、
相手を思いやり、自分も人も大事に出来るなら、たとえごくごく普通の日常でも、
それはまたそこでしか磨けない大事な大事な体験があるし、それが経験値になるのだ。

それはそれで人間らしくてステキでとっても魅力的な生き方だと思う*^^*


もしかすると異境地で学ぶより、何の変哲も無い日常の中で学ぶことのほうが大変なのかもしれないですよね。
色んな環境交流の雑多な中に居ても自分らしく存在できるかどうか。

例えば特別な場所や他人には優しく出来たり感謝出来ても、家族や身近な人となると
それが出来ないなんてのもその一つだと思うし。

どんな学びも、日常の中で実践したり活かしたりしてこそだと思いますしね^^



究極、
人里離れた所でも独りでも、自分らしく自然に存在することが出来て
人や家族やパートナーや沢山の人間関係の中に居ても自分を見失わずに等身大のまま居られたり、
時には愛を持って豊かに交流する努力をしたり、お互いに高めあう努力が出来るなら
それは本当にステキなことですよね。


***


私の周りには、

一人で生きる覚悟を持っている人もいる。
また、パートナーや家族や親子や沢山の人との絆と共に生きていく覚悟を持っている人もいる。
その両方を体験する人もいる。


どれもステキですよね☆
だから、自立しているかどうかは、パッと見の環境で図ることは出来ないんじゃないかなと思います。


生活スタイルはそれぞれ違っても、ステキな人の共通点として
色んな覚悟を持って生きるカタチや愛のカタチをまっとうしようとしていることに変わりは無いのだ。


たった一人で生きていくという人もやはり独りではない。
沢山の人と生きていく人も同じように最後は一人の人間として還っていく。


誰しも、一人だけど独りじゃない。
必ず誰かから産まれて最後は一人の人間として還っていく。


そこが信頼できたら一人だろうが誰かと一緒だろうが、人間らしく泣き笑いしながらも
生かされていることに感謝し、日々をまっとうできるのじゃないだろうか。



***



な~んて。


あくまでも豊崎個人が思うことです*^^*

なんだか久々に、話が散らかりつつもまじめに語ってみました(笑)


 

 

 

 

 

27日には新しい記念日が増えました(*^_^*)


嬉しい日は日常の中にあって、これからも色んなかたちに変化していくだろう。
その中で、変わるもの変わらないもの、変わっていっても愛おしいものも、いっぱいあるだろうな。


今日の喜びと明日の喜びと毎日違っていっても、笑ったり泣いたりしても
私はきっと毎日幸せに向かって行くし生きているのだ。


すっごい笑う日も、時にはきっとへこむ日もあるさー。

でも私は幸せになるし、幸せだって決めているから、幸せなのだ。
毎日も未来も、そう決めているからそうなのだ(笑)


私が幸せなら、大切な人を包んでいけるもの。

いつの間にかいっぱいいただいている素敵なものや温かいものに包まれていることも、
忘れずに大切にしていけるものね。




9月27日大きな観覧車の下で。



 

 

 

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*とよ*

Author:*とよ*
イルカんちの豊崎優子です。

見に来てくださってありがとうございますね*^^*

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